film.

だれも知らないまちへふたりで

丘の上の館 #3

『よそ者が島原不動産に訪れたという話は町の人々に一気に広まった。』
『この町は観光者を大いに受け入れているものの、まだ狭く閉鎖的な町なのだ。口にこそしないが、後からやってきた人間に対し私たちの生活に踏み入れるな、と住人はみな思っている。現に、この町に越してきた者は奇妙な心地悪さを感じ、2年以内にまた引っ越してしまう。早い人で1か月というのもあった。
 そんな中でひときわ外様に厳しいのが、島原雅也だった。彼はこの町の唯一の不動産仲介業者であり、町のほぼすべての住人の物件を世話している。島原は町の住人以外を接客しようという気がまるでなく、店に来ても奥に入ったまま出てこない。一度訪れた移住希望者はだいたいそこで諦めるか、町の外にある業者を介しわずかに残っている島原不動産管轄外の物件に入居する。それも結局すぐに引っ越してしまうのだが。』

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タワレコにて

 今日はツいてない日だ。僕はエレベーターで顔をしかめる。十時半から始まる講習があるのに、十時半に目が覚めるし、借りようと思った漫画は、昨日は一巻から五巻まであったのに、今日は五巻しかなかった。Bluetoothのイヤホンの充電は電車に乗ってすぐ切れるし、コーヒーはこぼすしで、本当に今日はだめな日だ。
 軽い音が鳴ってドアが開く。エレベーターを待っていた男の人がいて、不機嫌そうな僕を見てなぜか頭を下げた。僕も思わず会釈する。何か後ろめたいことでもあったのだろうか。それとも上司のご機嫌取りに明け暮れる平社員が不機嫌な僕と上司を重ね合わせて反射的に謝ってしまったのだろうか、ああ悲しいかなサラリーマン。
 そんなことはどうでもいい。僕は前々から欲しかったCDを買いに、このタワーレコードに、来た。そして、目当てのCDを買って、僕は、塾に行く。それ以外何もしない。ツいてない日は予定通りのことができればいい。高望みなんてしちゃだめ。
 お目当てのCDを発見する。残り一枚。ツいてるのかツいてないのか。とにかく僕はそれを手に取って、レジで会計を済ませる。今日はたまたまポイント3倍デーらしくて、「ツいてる」なんて考えた自分がおかしくて、でもレジの店員さんには頭をぺこりと下げるだけ。

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死んだ人

ばーん!
 盆が床に打ち付けられる音が鳴り響く。学生たちはその音に驚き、狭い食堂内にほんの一瞬の静寂が訪れるが、何事もなかったように日常に戻っていく。
 私は床に散乱する豚カルビ丼と揚げだし豆腐を無視して、カウンター席に座る彼の元へ走り寄る。
「なんで?」
 困惑と驚きが入り混じった私の顔を、彼はじっと見つめている。
「なんで、って言われても」
「なんであなたがここにいるの?」
 彼がここにいるはずなんて万に一つもないのに。
 私は気が付かないうちに涙を流していた。あり得ない状況に理解が追いついていなかったからか、彼に再会できた喜びからか。もう二度と会えないと思っていたのだ。
 彼はころころと変わる私の表情を愉快そうに眺め、縁起臭い口ぶりで言った。

「死んだ人間が、生きてちゃおかしいかよ」

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