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だれも知らないまちへふたりで

朝電車に乗ったら

朝電車に乗ったら


毎日ほぼ同じ時間に家を出て、毎日ほぼ同じタイミングですれ違うサラリーマンを意識しないところで覚えてしまっている。信号の変わるタイミングもなんとなく知っているので、このぐらいの速度で歩いていれば点滅中にわたり終えられるだろうと歩く速度を速めたりする。
今日も寒い。ここ半年ぐらいずっと寒くて、四季がなくなったんじゃないかと思ってるのだけど、実際のところ、今年の冬は異常に長い気がする。
黒点が少なくなってるので、太陽の活動がいずれ止まってしまい、地球は氷河期に突入するという話を高校生の時に受けたけど、それが今きているのかもしれない。
さすがに活動停止してるわけはないものの、このままだとプチ氷河期は現実のものとなる。
エルニーニョラニーニャか忘れてしまったけどそのせいで冷たい風が日本に届いていて、より一層寒さが厳しい。地球の反対側の海の温度の変化がまさか今この瞬間俺を苦しめているなんて、誰が想像できるんだ。物理法則というのは誰にとっても平等で、素晴らしい。ビルゲイツザッカーバーグも西高東低の気圧配置の前では無力なのだ。
そんなことを考えているといつの間にか地下深く走る地下鉄のホームに着いていて、いつものドアの前でものの1分待つだけで電車が来る。
4,5駅乗って乗り換えるそれまでの間に、俺はマンガワンで今日更新された漫画を読む。ちょうどチケットが尽きるころに乗り換えの駅に着くことを知り、これもほとんど無意識で手が動いている。
少し時間が余ったらニュースアプリでさらっとニュースを読む。最近のアプリのすごいところは、それぞれのユーザーに対して、そのユーザーがよく読む記事の分類を学習してユーザー最適を行っているところ。検索ワードとかよく見るサイトをトラッキングしてそのユーザーに沿った広告を出すみたいに、それぞれの傾向に合わせて興味があるだろう記事を表示しやすくしているらしい。
新聞とヤフーニュースのちょうど間という感じ。逆を言えば、配信者側で出すニュースを操作すれば、世論をうまく導いたりできるかもしれない。これを5,6年前からまとめサイトがやったおかげで、日本には嫌韓ネトウヨ、細かい日本語にやたらうるさい奴、何もしてないのに偉そうな人たち、殺害予告、松岡修造アゲなどがもうどうしようもないぐらい増えてしまった。

 

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ということを考えると乗り換えた次の電車が来る頃になる。
これも俺の学習の成果だが、降りたい駅の、一番エスカレーターに近いドアはみんな降りたいのでめちゃくちゃ混むし、すごいぶつかられたりしてイライラするので、あえて遠いドアを選ぶといい。どの駅に対しても微妙に出口が遠いようなドア。ここを選ぶと空いているときは座れたりする。
そしてお目当ての電車が到着し、おっ今日は空いている日だと確認で電車のドアがプシューと開いたとき、俺は車内に鳥がいることを認識する
いや、そんなはずはない。
外を走っている電車ならまだしも、地下鉄の、しかもこのラッシュの時間に、電車の中に鳥がいるわけがない。
鳥は「ターター」と聞いたことない鳴き声で鳴く。
その鳥は網棚にとまっていた。鳩ぐらいの大きさで、白い羽を持っている。
くちばしが異様に長いが、上を向いているので幸い立っている乗客の頭をつついたりはしていない。目がないのではないかと思うぐらい細い。見たことのない鳥だった。

それよりも問題なのはこの車内でその鳥を気にかけている人間が誰もいないことだ。
いつものようにみんなスマホをいじっている。あるいは読書をしている。俺があまりにも驚いて立ち止まった後ろから、いつものようにイヤホンをかけて歩きスマホの人間がばしばし肩をぶつけて追い越していき、空席の争奪戦を開始していた。勝者は一息ついてスマホでパズドラ、敗者は吊革をつかんでツイッター
誰も頭上の鳥に気づいていない。
とにかく俺は鳥の見える位置で、吊革につかまりながら考える。どうやってあれは入ってきたのか?
まずこの路線の電車が地上に出ることがあるのか調べるが、ずっと地下を走っていることがわかった。
次に、誰かが連れ込んだ可能性も考えて周りをキョロキョロ見渡すも、それらしきもの(鳥かごなど)を持っている人も、他に鳥を気にかけている人も見当たらない。
もしかして、他の駅で、この地下まで飛んで降りてきて何かの間違いで乗車してしまったのではないかと思うが、改札を過ぎる時点で駅員が気づくはずだ。駅員はスマホをいじらないし、仮に突破できても車掌が気づくはずだ。

「ターター」と鳥が鳴く。
あれ?
なんで鳴いてるのに誰も気づかないんだ?もしかして俺にだけ見えているのか?
俺の頭が急におかしくなってしまって、電車の中で鳥の幻覚を見るようになったのか……?
その可能性はいったん排除したい。もし俺の頭がおかしかったとしても、もうちょっとわかりやすい幻覚を見るはずだ。
となると考えられるのは、みんなが無視している、あるいは聞こえていない可能性。
それが当てはまるなら、と思い鳥の真似をして「ターター」と俺が鳴いてみたところ、俺の視界に見える乗客5,6名が怪訝かつ迷惑そうな顔で俺を見た。
無視しているわけではなさそうだし、聞こえていることもわかった。
そうこうしているうちに会社の最寄り駅に電車が到着した。俺は不審者になっただけで、なぞは解明できなかった。
気にはなるが仕方ない、駅員に伝えるだけ伝えようと思い降車すると、次に乗ってくる乗客の中で一人、網棚を見て唖然としている男性がいた。
俺の幻覚ではなかった! と喜びながらその男性が驚愕の表情で電車に乗り、出発するまでを見送った。
車内の人間はスマートフォンタブレット、読書、ヘッドフォン、睡眠など、各々で外界を遮断していた。

星間はがき

『拝啓 渚さま
 寒気のきびしい日が続いていますが、お変わりありませんか。

 と少し恰好つけて始めてみたけど、そっちの季節はわからないね。
 さらにこっちはずっと冬なので、寒気のきびしい日がずっと続いているらしいです。私はドームの外に出ないからわからないけど。
 こうして移ってみると、日本はとても自然豊かな国だったことを実感しています。
 この星の平均気温は-55度なんだって。居住ドーム内は空間管理がしっかりされているから特に困ることはないけど、仕事で外に出るお父さんとかは大変そうにしてます。
 「梯子を登っている最中に手と梯子がくっついちゃってさ」って。想像できないよね。

 

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 さて、私はというと、いろいろ手続きを済ませて、学校に行き始めています。
 こっちでも生活自体は変わらないし、毎朝遅刻しないように大きな音の目覚ましを使っているのも変わりません。
 あんなに嫌がってた移星も、住めば都だね。
 一緒に移ってきたみんなも楽しんでるよ。最初は寂しそうにしてたけど、もうそうでもないみたい。
 でもやっぱりアレルギーを持っている子も何人かいて、大変なことになってたりもします。「無菌室」っていう地球環境を再現した部屋があって、そこで暮らしているんだって。たまにすごくかっこいい宇宙服を着て一緒に授業を受けたりするんだけど、中は死ぬほど暑いらしいよ。
 それ以外のみんなは、この手紙が渚に届くころにはとっくに順応していて、普通に生活を送っていると思います。

 ほんとはメール送るねって話だったんだけど、この前モールをぶらぶらしてたらこのレターセットを見つけてね。
 調べたら惑星間ハガキっていうのもあるみたいで、思い切って手紙を書いてみました。
 郵便局員さんに、惑星間の郵便はどれぐらいかかるんですかって聞いたら、わかりませんって。
 まず他惑星に届けたいものが一定量集まるまで出荷できないこと、出荷できたとしても宇宙空間でトラブルがなく移動できたことはほとんどないので想定よりも時間がかかることがあるから何とも言えないらしいです。
 少なくともここから地球までは3年はかかるから、それ以上かかる、ということまでわかりました。
 3年もあれば私たちはもう成人してるし、この手紙の内容もとっくに忘れちゃってるかもね。
 すごくロマンチックだと思わない?
 タイムカプセルみたい。

 この星に来て、私にも変化がありました。
 地球にいたころに比べて身長が、なんと5センチも伸びました!
 周りのみんなも急成長しててびっくりしてる。星の自転速度とか気圧が影響してるらしいけど、詳しいことはわからないんだって。特に中高生は成長速度がかなり速まってて、ニュースで見たんだけどもう15センチぐらい身長が高くなった人もいるらしいよ。
 体つきが急に大人になってみんななんか変な感じです。

 そうそう、この星に来てすぐ、武田くんに告白されちゃいました。
 「星が変わっても好きだから、この気持ちは本物だ」ってかゆいこと言ってて笑っちゃったんだけど、付き合うことになりました。渚もはやく彼氏作りな~。
 この手紙が届くころまで続いてたらいいなと思います。それまで渚には黙っていようかな。

 この手紙がいつ届くかわからないけど、渚がある日目を覚まして枕もとにこの手紙があったら素敵だね。そうなることを祈ってます。
 早く病気が治るといいね。

 はるかかなたの惑星より愛をこめて
 七海』

善なるひき逃げ

 右に曲がるべきだった。と23時のニュース番組で、ゲストのどこそこ大学の教授が言った。いやいや、そっちには小学生が2人もいたんですよ!と返すのは、大御所芸能人。
 画面下部にはテロップで「自動運転による死亡事故 人工知能の正義とは」と表示されている。

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 ニュースの内容はこうだ。
 ある大手ECサイトと大手流通業者が共同出資して設立した合弁企業が、完全自律型の宅配用バイクを完成させた。このバイクはリリースまでにおよそ5年の試験期間を経ている。そして各所の有識者のお墨付きと政府への根強い交渉により、ある特定の地域でのみ運用が許された。
 しばらくは何事もなく配達がなされた。文字通り24時間年中無休で配達可能な時代が訪れたと思われた。
 この完全自律型宅配用バイクの完成には世界中のトップエンジニアが携わっていた。まさにイノベーションと呼ぶにふさわしい技術が使われている。道路交通法の遵守は当然のこと、渋滞情報を取得し最も効率的なルートを通って配達を達成する。
 特に注目されていたのは事故を回避する技術だった。運転手なしなのだから人間と同じかそれ以上の状況判断が当たり前にならないといけなかった。この機能には世界の英知が集い、魔法のような実装がなされた。

 そうして運用が始まって2年が経ったころ、この事故が起きた。
 宅配バイクが、老人をひき逃げしてしまったのだ。
 そのときの状況は、とニュースキャスターがテロップを出す。

1.発生時刻は午後17時ごろ、夕暮れ時
2.発生場所は坂道を登ったところで、逆光になっていた
3.路面状況は良好
4.被害者は老人で、本来通るはずのない道を通っていた

 この坂道、逆光、イレギュラーな場所という条件がかさなり、バイクがこの状況を認識し、この老人を回避する時には以下の選択しか残されていなかった。

1.轢かないように右にハンドルを着れば小学生2名に追突する
2.左は反対車線で、左に避けた場合はさらなる事故が発生していた。
3.急ブレーキでも止まれる距離ではなく、止まった場合は後ろから追突され、車は故障していた

 結果、バイクはこのどれも選ばず、老人に激突した。
 しかしバイクがよくなかったのはこのあとだった。
 老人を轢いた後、そこで横たわっているのをしり目に目的地へと向かってしまったのだ。バイクには緊急通報機能が備わっていたにも関わらず。
 これは不具合か。

 事故が起きる前と、起きたその瞬間以降でこのバイクにとって優先順位が入れ替わってしまったことが原因だった。これは複雑な開発工程が意図せず生み出したロジックの問題だと、バイクを開発した合弁会社は結論付けた。
 轢いた瞬間、優先順位が「荷物を目的地まで届けること」になってしまっていたのだった。CEOの「少なくともバイクにとって、善なるひき逃げだった」という発言により、この合弁会社は大炎上している。

 これは善なるひき逃げか?
 たとえばこの不具合が修正されたとして、このバイクは再び運転されるべきか?

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※このバイクの登場により、流通業者の長時間労働問題は劇的に改善した。
※このバイクの副産物として、交通渋滞発生数も大幅に改善された。
※バイクではなく、人が運転していた場合でも同じ状況、同じ選択肢しかなかった。