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だれも知らないまちへふたりで

夜を走る

・夜を走る

 なんてことない平日の最終電車に乗って、明日の仕事について思いをはせながら、SNSに目を滑らせている。耳にはイヤホンを差し込んで、流行りのバンドを聴いていて、完全に外の世界との接続を断っている。池袋から新宿までを貫いて、高円寺、荻久保。体が覚えている地下鉄の速度、耳に残るアナウンス。もう何百回も往復したけれど、東京の地図でどこを走っているのかは全く分からない。
 新大塚でちらほらと人が乗ってきて、僕の正面に人が座ったのを感じる。浅く座っていた僕は人が通れるように深く座りなおして、ふとスマートフォンから顔を上げると、正面の男は僕の頭の上を見ていて、何やら口を動かしている。イヤホンをつけているので何を言っているのかはわからないが、誰に話しかけてるわけでもないので、独り言のようだった。
 最終電車には常にこういう謎の言動をする乗客が一定数いる。他の乗客もいつものことのように受け流している。扉が閉まったあとは少なくとも次の駅までの数分間は運命共同体なのだ。何も起きずに終わるように、全員が協力している。
 何事もなく茗荷谷を過ぎ、地下鉄が地上に出たとき、特に何があったわけでもないが気になって正面の男を見ると、まだ何かつぶやいているようだった。
 ただの気まぐれで、あるいは判断力の低下で、それとも好奇心で、イヤホンを外して彼の言葉を聞き取ってみた。日本語ではなかった。

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今日思わなかったこと

▼思わなかったことを書くことは不可能
前回今日思ったことを書いたので、今回は今日思わなかったことを書こうと思ったんですが、無理でした。
なぜか。
1.今日思わなかったことは無限にあるから。
2.「思わなかったこと」を書くことは原理的に不可能だから。
1については言うまでもなく、僕が思わなかったことというのは、僕以外の他の人が思ったことであり、それはほぼ無限にあるから書きだすことはできない。
2も別に難しい話ではなくて、思わなかったことを書こうとするとき、その「思わなかったこと」を“思い浮かべる”ので、この瞬間に「思わなかったこと」は「思ったこと」になってしまう。1以前の問題で、そもそも「思わなかったこと」を書くことは不可能という話でした。

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