こんな街抜け出してしまおうよ

だれも知らないまちへふたりで

丘の上の館 #2

≪丘の上の館を一目見た瞬間、私は「欲しい」と思った。「ここが執筆人生の墓場だ」と。
 そう思うや否や、私は丘を駆け下っていた。そんなはずはないのに、一刻も早くあの館を自分のものにしなければなくなってしまうような気がしたからだ。丘の上の館の存在は危うい。
 いつ消えてしまってもおかしくないのだ。町の人間はこの丘の上の館には何の視線も送らずただそこを回り道して目的の建物へ向かう。誰にも相手にされず、何者の邪魔もせず、あるはずなのにないようにふるまわざるを得ないあの館に、私は一目ぼれをしたのだった。≫

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≪丘を下ったところにある町は昔ながらの下町で、蔦の這う二階建ての木造の家や「朝ごはん 300円」とだけ書かれた看板がある定食屋、小さな電器屋、などなどが並んでいる。その中にぽつんと一軒、不動産屋を発見した。丘を駆け下り息も絶え絶えの私は申し訳程度に服装を正した。
 やや重いガラスの戸を、少し力を入れて押す。音もなく開いたはいいが店の中には誰もいない。「すいません」と奥の事務所らしきところに声をかけてみる。しかし、反応はない。「あの、すいません」もう一度、前よりも大きな声で。……誰も出てこない。
 定休日か営業時間外なのかと思い、いったん店を出て看板を確認するが、そこに書かれているのは「島原不動産」という店の名前だけで、営業時間などどこにも書いていない。不親切だ。
 しばらく店の前で待ってみたが店員の現れる様子はない。はたから見れば観光客が不動産屋をのぞいている不思議な状況だ。いつまでも立っていれば怪しまれるだろうと、今日はあきらめて宿に戻ることにした。≫