こんな街抜け出してしまおうよ

だれも知らないまちへふたりで

地図だけど質問ある?

「何これ?」「地図」「見ればわかる。何で急に?」「そのペケがついてるところあるじゃん」「うん」「行ってみればいいんじゃないの」「また今度ね」「うん」
 彼は私を近くの砂浜に呼んだ。深夜二時のことである。私は重たいまぶたを必死でこじ開けて何とかここまでたどり着く。夏の浜辺は深夜だというのにまだ少し明るくて、生暖かくて、彼はそこに私を呼び出した。私がそんな空間を好んでいる――愛しているということを知っていて。彼は私に地図を渡して、さっきの会話。それっきり二時間ぐらいだんまり。彼の横顔はすごく楽しそうです。地図は家に帰ってから広げることにして、とりあえず私は彼の手を握ってみた。反応なし。腕を絡めてみる。彼の華奢な体が揺れる。砂の中から声がするような気がする。「もっともっとぎゅっとして」私は彼を後ろから抱きしめる。彼はニヤニヤしながら、私の腕をするっと抜ける。
「何やってんの」「逃げたの」「むかつく」「へへへ」その笑顔がもっとむかついたから、私は彼の手を掴んで昇ってくる太陽に向けて渾身の力で投げてやった。彼はびゅんびゅん飛んでいって。水平線の溝に落ちた。
「何やってんの」後ろから彼の声。「なんでよばか」もう一度私は彼の腕を掴んでぶんっ。朝日に突撃して破裂しちゃえ。今度は瞬間移動しなかった。安心してさっきの場所に座ると、砂の中から声がする。「俺だよ、踏むなよ」砂が集まって彼になる。驚かないよ。グーパンチ。うぎゃっと言って彼は倒れる。砂に戻る。後ろから声。「痛いじゃん」「うろちょろしないでよ」「今隣に行くから殴るなよ」「わかってるって」こんな会話の後でも私は彼を殴る。手を持って朝日に投げて、彼はまた水平線に消えていく。こんなことを繰り返していると、太陽が水平線に沈みこんでいっていた。なんで?
 違う違う。太陽だと思ったら月だった。それでもおかしいけど、なぜか私は納得して、彼に「きれいだね」なんて言っちゃう恥ずかしい。彼は沈む月をただ見ているだけで、何の応答もしなかった。腹が立ったから月に向けて投げた。ごん。水平線にたどり着く前に月にぶち当たった。彼はそのまま海に沈んでいった。月も沈んでいった。
 彼は今度こそ現れなかった。ずっとずっと待っていたけれど、何度も朝日を見たけれど、彼の声はついに聞けなかった。私は思わず地図を開いた。バツ印がついてあるのは、海の中だった。そう言えば彼が昔「いつか光が届かない海の底で君に膝枕してもらいながら詩集を読みたい」って言ってたのを思い出す。詩集って何よ。気持ち悪かったのでそのときは鼻に膝蹴りしたのを覚えている。
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 とりあえず泳がなくちゃと思って、私は服を脱いで、地図を片手に海に入った。思ったよりもあたたかくて、これなら一気に潜ってしまおうと、地図を片手に海にざぶん。もちろん濡れちゃったけど、この際仕方ないやと地図から手を離す。
 月を見つけた。
 彼が寝ていた。
 私は彼を見て見ぬフリして月の端をそっと持ち上げる。眠っているから、彼は、斜めを向いた月から転げ落ちて、海底に優しく着地した。私は右手で月をひっぱって、海面を目指して泳いだ。
 ぶは。
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 真っ暗だった。下を見ると、月が輝いていた。あれ?
 けれども気にせず、私は月をそのまま砂浜まで持っていって、その上で眠りについた。
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 朝が来た。