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だれも知らないまちへふたりで

善なるひき逃げ

 右に曲がるべきだった。と23時のニュース番組で、ゲストのどこそこ大学の教授が言った。いやいや、そっちには小学生が2人もいたんですよ!と返すのは、大御所芸能人。
 画面下部にはテロップで「自動運転による死亡事故 人工知能の正義とは」と表示されている。

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 ニュースの内容はこうだ。
 ある大手ECサイトと大手流通業者が共同出資して設立した合弁企業が、完全自律型の宅配用バイクを完成させた。このバイクはリリースまでにおよそ5年の試験期間を経ている。そして各所の有識者のお墨付きと政府への根強い交渉により、ある特定の地域でのみ運用が許された。
 しばらくは何事もなく配達がなされた。文字通り24時間年中無休で配達可能な時代が訪れたと思われた。
 この完全自律型宅配用バイクの完成には世界中のトップエンジニアが携わっていた。まさにイノベーションと呼ぶにふさわしい技術が使われている。道路交通法の遵守は当然のこと、渋滞情報を取得し最も効率的なルートを通って配達を達成する。
 特に注目されていたのは事故を回避する技術だった。運転手なしなのだから人間と同じかそれ以上の状況判断が当たり前にならないといけなかった。この機能には世界の英知が集い、魔法のような実装がなされた。

 そうして運用が始まって2年が経ったころ、この事故が起きた。
 宅配バイクが、老人をひき逃げしてしまったのだ。
 そのときの状況は、とニュースキャスターがテロップを出す。

1.発生時刻は午後17時ごろ、夕暮れ時
2.発生場所は坂道を登ったところで、逆光になっていた
3.路面状況は良好
4.被害者は老人で、本来通るはずのない道を通っていた

 この坂道、逆光、イレギュラーな場所という条件がかさなり、バイクがこの状況を認識し、この老人を回避する時には以下の選択しか残されていなかった。

1.轢かないように右にハンドルを着れば小学生2名に追突する
2.左は反対車線で、左に避けた場合はさらなる事故が発生していた。
3.急ブレーキでも止まれる距離ではなく、止まった場合は後ろから追突され、車は故障していた

 結果、バイクはこのどれも選ばず、老人に激突した。
 しかしバイクがよくなかったのはこのあとだった。
 老人を轢いた後、そこで横たわっているのをしり目に目的地へと向かってしまったのだ。バイクには緊急通報機能が備わっていたにも関わらず。
 これは不具合か。

 事故が起きる前と、起きたその瞬間以降でこのバイクにとって優先順位が入れ替わってしまったことが原因だった。これは複雑な開発工程が意図せず生み出したロジックの問題だと、バイクを開発した合弁会社は結論付けた。
 轢いた瞬間、優先順位が「荷物を目的地まで届けること」になってしまっていたのだった。CEOの「少なくともバイクにとって、善なるひき逃げだった」という発言により、この合弁会社は大炎上している。

 これは善なるひき逃げか?
 たとえばこの不具合が修正されたとして、このバイクは再び運転されるべきか?

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※このバイクの登場により、流通業者の長時間労働問題は劇的に改善した。
※このバイクの副産物として、交通渋滞発生数も大幅に改善された。
※バイクではなく、人が運転していた場合でも同じ状況、同じ選択肢しかなかった。