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だれも知らないまちへふたりで

丘の上の館 #1

・丘の上の館 #1


『丘の上の館が丘の上の館と呼ばれるようになったのは、遠い遠い昔のことらしい。今でこそこの丘の上にはたくさんの建造物が並んでいるが、丘の上の館が丘の上の館と呼ばれる以前は、丘の上に何一つ建物はなく、丘の上の館がその第一の建造物であったのだ。
 そんなわけで丘の上の館は丘の上の館と呼ばれるようになった。今でもその町の人間にとって丘の上の館とはその「丘の上の館」であり、他の丘の上の建造物はそれぞれ固有の名で呼ばれている。
 

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 丘の上の館には三つの不思議がある。
 丘の上の館の不思議その一。こんなに有名なのに、誰も住んでいない。誰の持家かもわからない。そういう建物は得てして不良の集会所やよからぬ輩の待ち合わせ場所や心霊スポットになるのだが、丘の上の館はそのどれも当てはまらない。誰も住んでおらず、誰も近づかず、ただそこにあるだけ。
 丘の上の館の不思議その二。扉が開かない。人が来ないのはそれが一因となっているのかもしれない。赤いレンガ造りのそれには立派な窓と、荘厳な扉がつけられている。鍵が閉まっているというわけではなく、そもそも開く仕様になっていないのだ。本当の入り口が地面にあるとか地下にあるとかいう町の人々の予想で少し昔に調査が行われたが、何も得られずに終わった。
 丘の上の不思議その三。東を向いている壁にある言葉が書かれている。“借りてきた猫はしつけて返せ”
 いつ、だれが書いたのかは誰も知らないし、その言葉の意味するところを知っている人間も、この町にはいない。その言葉は長い間消されも風化もせず、町の人々の心に残っている。
 ところが近頃、丘の上の館に不穏な影。何でも、そばをうろつく男が目撃されているとか。』