film.

だれも知らないまちへふたりで

脇からカブトムシおじさん③

3.脇からカブトムシおじさん時代の終焉
 それは突然やってきた。
 僕たちがある土曜日に公園に行くと、いつものように脇からカブトムシおじさんはいた。しかし、その光景はいつものものとは全く違っていた。
 脇からカブトムシおじさんの周りには、誰もいなかったのだ。公園にはたくさんの子供たちがいる。天気も良くて、暑い夏の日だった。子供たちが元気に公園で遊ぶには絶好の日だった。コンディションには何の問題もない。だとしたら、何が脇からカブトムシおじさんから子供たちを奪ってしまったのか?
 僕は最初、その存在を信じることができなかった。脇からカブトムシおじさんは、唯一無二の存在だと思い込んでいた。奇跡のような存在だったのだから当然だ。脇からカブトムシが生まれてくることがまず信じられないのに、おじさんがそれを可能にし、ましてや近所に住んでいるのだ。何重もの奇跡が重なりそして苦難(異臭)を乗り越えた先に得られる喜び、約束を守ることの大切さ、僕らはすべて脇からカブトムシおじさんから学んだ。今日も僕らはカブトムシを捕まえるべく完全防備で公園に向かったのだ。だが脇からカブトムシおじさんの周りには誰もいなかった。
 僕たちは驚いた。脇からカブトムシおじさんは寂しそうにぽつんとベンチに腰掛けている。慌てて駆け寄って、脇からカブトムシおじさんにその理由を尋ねた。
「何があったの?」
 脇からカブトムシおじさんは顔をあげ、「ああ、君たちか……」と元気のない声で呟き、黙って別の入り口の方角を指さした。
 そこには毎週脇からカブトムシおじさんが形成していたものと同じ集まりができていた。いや、脇からカブトムシおじさんのそれよりも人数は多かった。僕たちはうなだれる脇からカブトムシおじさんを置いてその輪の中心を確かめに走った。
 輪の中心には一人のおじさんがいた。
 それだけなら何のこともない。問題は、そのおじさんが何をしているのかということだ。
 そのおじさんの手のひらからは、クワガタが続々と生まれてきていた。
 僕たちは目を合わせた。なんだこれは……? 同時に意外とすんなり受け入れている自分たちもいた。脇からカブトムシを出せるおじさんがいるなら、手のひらからクワガタが出せるおじさんがいても不思議ではないじゃないか。

 新しいおじさんに好奇心をくすぐられ、すぐにその列に加わった友人たち。僕は後ろが気になって振り向いてみる。
 毎週末の人気イベントとして子供たちの人気を集めていたはずの脇からカブトムシおじさんの姿は、見る影もなかった。