こんな街抜け出してしまおうよ

だれも知らないまちへふたりで

脇からカブトムシおじさん①

intro:脇からカブトムシおじさんについて
 僕が昔住んでいた家の近所に、有名なおじさんがいた。その名も『脇からカブトムシおじさん』だ。脇からカブトムシというのは比喩やそういうワードが本名に入っているとかではなくて、本当に脇からカブトムシが自然発生しているのだ。あのころの僕たちはただ単純に「近所にすごいおじさんがいる」という認識をしていたが、今思えばあれは奇跡だった。普通のおじさんの脇からカブトムシが出てくることはまずない。しかも出てくるのは最初から成虫なのだ。ちなみにおじさんは手品師ではない。何をしているのかは知らなかったけれど、道を歩いているのを捕まえて「カブトムシを出して」と頼んでも出してくれたこともあったから。
 カブトムシは小学生の僕たちにとって宝のようなものだった。男性ならみな理解してくれるだろう。あのかっこよさに惚れない少年はいないと言っても過言ではない。デパートで幼虫とカゴとエサを買い、しばらくして土の中から出てくるカブトムシに目を輝かせた経験はきっとあるはずだ。そのカブトムシが時間さえあれば無限に捕まえられると知れば、少年たちはこぞって脇からカブトムシおじさんの元へ向かうに違いない。しかし、脇からカブトムシおじさんの脇からカブトムシを捕獲するのは本当にカブトムシに熱中している一部の少年だけだった。
 なぜか? 脇からカブトムシおじさんには致命的な欠陥があったのだ。
 それは、『異常に脇が臭い』ということだ。
 カブトムシの出所である脇が本当に臭かった。見た目は清潔感にあふれているので風呂に入っていないということではなかったはずで、ただその体質として脇が臭かった。もうどうしようもない事実だ。
 宝を手に入れるためには困難がつきものだということを、僕らは小学生にして学んでいた。そしてその困難を乗り越えてなお宝を手に入れんとする勇敢な少年たちにだけ、カブトムシを捕獲する権利があったのだ。地域の小学生は残酷で「脇おじ(脇からカブトムシおじさん)から捕れたワキガムトムシ」などと陰口を叩かれていたが、なんだかんだで脇からカブトムシおじさんは人気を博していた。