こんな街抜け出してしまおうよ

だれも知らないまちへふたりで

書くことがない。

ブログを3日に1回更新するなどと宣言してから、毎日風呂や暇なときにブログのネタを考えているのですが、早速書くことがなくなりました。ブログを長い間継続してる人、すごい。

書くことがない、というのは少し語弊があるかもしれません。書くことがないなんてことはなくて、起きて寝てるんだから何かしら書こうと思えば書ける。ただ、ブログに起こしてまで伝えたい出来事や思いがあるのか、と言われれば違うということです。
何個か前の記事にも書いたんですけど、ほとんどのことはもう誰かに書かれていて、同じことをもう一度書くしかないので付加価値をつけて少しでも届くようにしようともがいています。でも僕の書くことやそもそも僕自身の付加価値って何だろう。たまたま誰かの目に一番早く届いた情報だということレベルでしかないような気もしています。

plentyの「人との距離のはかりかた」という曲があります。
1番で「聞いて/僕の声を/教えて/君との距離を/…/それが自分のためだってこと」と言っていて、確かにそうだと思ったのを覚えています。僕の声をきいてほしい、誰かに反応してもらって距離を測りたいのは、全部自分がどこにいるかを知りたいから。僕の発信した何かが誰まで届くのか、誰が僕を認めてくれるのかを確認したいからです。

そんなのわかるわけないじゃん。じゃあ言っても仕方ないじゃん。というのをサビの「ことばにするだけむだかもな」と言ってます。でも直後に否定するんですよね。「でもことばにしなくちゃダメだよな」と。僕が何かを書いたり言ったりするときの感情って結構これに近いです。なんでそう思うんだろうなというのがラスサビで示されます。
「人との距離のはかりかた/僕自身イマイチわかってないけど/君とはずっとはからなくていい/距離を見つけたいんだよな/そう思うんだよ/信じたいんだよ/寄り添いたいんだよ/僕の声が/届くと良いな」
これです。僕が何かを書くのは、はからなくていい距離を見つけたいんだけど、その方法がイマイチわかってないからなんです。だからすごく無駄に思えるし、書かなくてもいいやと諦めてしまう。でもやっぱりある瞬間に書きたくなる。この繰り返しでいつか誰かとの、あるいはインターネットや社会そのものとの距離=これ以上何も主張しなくていいやと思えるときが来ると信じたいのです。
何かをことばにし続けるしかないと思うのです。


plenty 「人との距離のはかりかた」 - YouTube