film.

だれも知らないまちへふたりで

私が作りました #2

「……どちら様ですか?」
 プロポーズから数十秒の沈黙ののち、なんとかひねり出したのは、蚊の鳴くような声でまっとうな疑問。
「どちら様、そうだな……」少し考えて、「一番わかりやすい形で答えるなら、エンジニアかな」
「エンジニア?」
「そう、エンジニア。お前らの。いや正確には日本人の、だな」
 お前らのって、どういうことだ?
「混乱していると思うが、お前ら人間や、そもそもこの地球自体は、俺たちの世界で作られた世界だってことだ」
 突拍子もないことを起き抜けに次々と言われても何も理解ができない。この世界が仮想空間なんて、マトリックスじゃないんだから。
「問題ない、お前は『それが受け入れられるように』作られている」
「は?」
 終始意味不明なことを言い続けているが、この男の顔はいたって真面目である。特別整っているというわけではないが、酷い顔というわけでもなく、どこにでもいそうな並の日本人という顔。肩幅や身長も中の中というにふさわしい。日本人男性の平均を集めたような男だ。
 ただ、着ているものはどう考えてもおかしく、見たことのない色のスーツに梯子のような形をしたネクタイを締めている。そのアンバランスさがこの男の異様さを引き立てている。どこにでもいそうで、どこでも見たことがない。
 泥棒や強盗にしては目立ちすぎる服装だ、と考えたところで、「私が作りました」を思い出す。
「もしかして、あの事件の」と僕が言い終えないところで、「そうだ」と彼が肯定する。
「俺たちを、本当に、お前らが作ったのか……?」
「いや、そういう意味ではあいつはただ出荷判定をしただけで、一行たりともコードを書いてないから、「私が作りました」なんて嘘だよ。他にエンジニアはごまんといるが」
 そんなことはどうだっていい。わからないことが多すぎて、何から聞けばいいのかわからない。
「とりあえず、もう一回寝る」
「そうだな、一度寝て脳を整理するといい。起きるころには聞くことがまとまっているはずだ」
 こいつ、俺の考えていることがわかるのか?
「全部はわからない」
「急に返答されるとびっくりするからやめてくれ」

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夜を走る

・夜を走る

 なんてことない平日の最終電車に乗って、明日の仕事について思いをはせながら、SNSに目を滑らせている。耳にはイヤホンを差し込んで、流行りのバンドを聴いていて、完全に外の世界との接続を断っている。池袋から新宿までを貫いて、高円寺、荻久保。体が覚えている地下鉄の速度、耳に残るアナウンス。もう何百回も往復したけれど、東京の地図でどこを走っているのかは全く分からない。
 新大塚でちらほらと人が乗ってきて、僕の正面に人が座ったのを感じる。浅く座っていた僕は人が通れるように深く座りなおして、ふとスマートフォンから顔を上げると、正面の男は僕の頭の上を見ていて、何やら口を動かしている。イヤホンをつけているので何を言っているのかはわからないが、誰に話しかけてるわけでもないので、独り言のようだった。
 最終電車には常にこういう謎の言動をする乗客が一定数いる。他の乗客もいつものことのように受け流している。扉が閉まったあとは少なくとも次の駅までの数分間は運命共同体なのだ。何も起きずに終わるように、全員が協力している。
 何事もなく茗荷谷を過ぎ、地下鉄が地上に出たとき、特に何があったわけでもないが気になって正面の男を見ると、まだ何かつぶやいているようだった。
 ただの気まぐれで、あるいは判断力の低下で、それとも好奇心で、イヤホンを外して彼の言葉を聞き取ってみた。日本語ではなかった。

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「Don't believe the hype
 やけにきれいな発音でそう言っていた。hype? と思い、調べてみると、どうやら誇大広告という意味の単語らしい。ついでに彼が言っている一文と全く同じタイトルの曲が検索結果にも表示されたが、どうやら彼はその曲とは関係なく、つり革広告を見てそう呟いているらしい。
 不動産、AGA、脱毛、テーマパーク、過払い請求……。朝も夜も変わらず狭い車内の至る所を埋め尽くしている。
 そのことに気づいたとたん、いつもの車内の重さが一変した。
 目をどこに向けても広告、または人の顔。車内に目線の逃げ場はなく、スマートフォンで何とか、選べる情報を手に入れている。何も気にしたことなどなかったはずが、どの広告に目を向けても確かに憶えているという感覚。
 異常だった。毎日これに乗っているのか、僕は。広告だけじゃない。電車の色や、どこで車輪音が大きくなるかや、どの駅でどれぐらいの混雑度になるのか、全部憶えていないのに憶えているのだ。
 ここにいるほとんどの乗客とその記憶を共有している。地下鉄が地下に潜り始めると同時に、僕はめまいを覚えた。
 
 

今日思わなかったこと

▼思わなかったことを書くことは不可能
前回今日思ったことを書いたので、今回は今日思わなかったことを書こうと思ったんですが、無理でした。
なぜか。
1.今日思わなかったことは無限にあるから。
2.「思わなかったこと」を書くことは原理的に不可能だから。
1については言うまでもなく、僕が思わなかったことというのは、僕以外の他の人が思ったことであり、それはほぼ無限にあるから書きだすことはできない。
2も別に難しい話ではなくて、思わなかったことを書こうとするとき、その「思わなかったこと」を“思い浮かべる”ので、この瞬間に「思わなかったこと」は「思ったこと」になってしまう。1以前の問題で、そもそも「思わなかったこと」を書くことは不可能という話でした。

▼思ってもないこと
「思ってもないこと」というのがあります。
これは「本当はそんなこと考えてないけど」とか、「全然想像もしてなかった」みたいな意味で使われてますが、この場合、この「思ってもないこと」は「思わなかったこと」と言えるのでしょうか。もし言えるなら、思わなかったことは書けるかもしれません。
後者の「まさか」の意味で使うときは、確かに「思わなかったこと」ですが、それを認識した時点で「思ったこと」となってしまい、書き出すことは不可能。
前者の「本当はそんなこと考えてないけど」の場合は、明らかに「思ったこと」なので考えなくていいですね。

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僕はわりと思ってもないことを言ってしまう方なのですが、これはなぜかというと、自己防衛のための嘘か、場を持たせるためのとっさの一言な場合が多い。
で、このとっさの一言の場合は、実は「思ってないこと」なんじゃないか?と先日ふと思ったわけですね。
脊髄反射で会話しているときってたまにあると思うんですが、そういうときは考えていない、あるいは、思っていないまま何となく空中にある言葉を拾って投げてる気がする。
だから、思わなかったことを書くのは不可能でも、言うのは可能なのかもしれない。

 

だから何だって話ですよね。
これからも思ったことを書きましょう。思ったことを書いても、えてして思わなかった形に解釈されてしまうと考えると、あらゆる口頭でのコミュニケーションはかなりギリギリのところで成り立っていることがよくわかります。